【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.36

駅の近くには神社があり、夏も終わりのこの時期に夏祭りが毎年開催される。子供の頃は父が連れて行ってくれた。今の私はもう子供ではない、いや子供だとしてもそこまで幼いわけでもないから、だから私は1人で出かける。

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浴衣という祭りを存分に楽しむ格好をして出てきた私を待っていたのはごった返した人の群れ。街の何処に潜んでいたのやらと疑わしく思うほど。何が楽しいのやら、って私もちゃっかり楽しみに来たんじゃないと思って苦笑する。

祭りといえば神輿よりも屋台。チョコバナナ、輪投げ、金魚すくい、わたあめ、おお…祭りに来るとどうも私は心なしかテンションが上がるようだ。さてと、どの出店から攻略してあげようかしら。

食べるか遊ぶか。私は悩みに悩んだ結果、まずは金魚すくいから手を付けることにした。金魚は青いケースの中で窮屈そうに泳いでいた。

「おじさん、一回ね」

お金とポイを交換しつつ、慎重に水面にポイを浸した。金魚たちは捕まるぐらいであればここで暮らすさと言わんばかりに逃げ回っていた。その狭い中をゆらゆらと相手をうまく避けながら。

「わかってないなぁ」とうっかりひとりごとをした私に対して周りが「え?」という顔をして見てくる。私は隣りにいた見ず知らずのカップルに言ってやりたくなった。「わかってないと思いませんか。そんな空間で暮らしているより余程私に掬われた方がメリットあるって」

私は赤と黒が入り乱れる中、狙いを定めた。一匹のどっちに行こうかと迷っている赤い金魚に。「おいおい、君は優柔不断だな。右に行くべきか左に行くべきかすら迷っているのかな」と金魚に語りかけてみた。すると不思議なもので、その金魚に見上げられた気がしたのだ。まるで私の言葉を理解しているように。

「ありがとうございました」

というおじちゃん、まあ年齢的にはお兄ちゃんという感じだと思うがその明るい声を背中に受けつつ、その場をあとにした。私の手には戦利品としての金魚が。この優柔不断な金魚には『タカナシくん』と名前をつけることにした。

祭りの熱気に押し出されるようにして神社を抜けると、私は駅前のロータリーに置かれたベンチに腰掛けた。祭りの音楽がスピーカーから流れ、子どもたちの騒ぐ声が聞こえた。私は下駄の鼻緒を眺めつつ、通り過ぎていくカップルたちの後ろ姿を見遣った。昨年の夏までは何とも思わなかったのになぁ。

金魚を持つ手を右手に変え、私は人間のタカナシくんにLINEを送った。『暇だと思うんだけど』と。

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