【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.3

休みの日に商店街をプラプラしていると、うっかり僕は二階堂さんに出会ってしまった。

寂れた感じのシャッター商店街とまではいかないけれど
活気があるような場所でもない。

出来れば二階堂さんの休日はバレエを見に行くとか、
楽団と演奏会を開くとかであってほしい。

彼女を見つけたのは商店街の中でも薄暗い感じの狭い店内で有名な
文房具屋「ミキタニ」だった。

なぜカタカナなのだろう。きっと店主がミキタニさんというのだろう。
そう思った人がいたとしたら大間違いだ。ここの店主は大平さんだからだ。

何故僕が知っているか不思議に思われるだろうか。
むしろどうでもいいだろうか。それよりも二階堂さんの話をしろと
怒っていらっしゃるだろうか。焦るなかれ。

僕は見ていても何の面白みもないクリアファイルの棚を凝視しつつ、
二階堂さんの様子を探った。彼女は消しゴムを選んでいるようだった。

「この消しゴムはどのぐらい強力に消えるのかしら?」

ひとりごとにしては疑問符がついている気がして、
ちらっと声の方を見ると、店主の大平さんがつまらなそうに頷いていた。
彼にとって見れば売れれば別にいいのだ。

「消しゴムなんてなんだって一緒じゃないですかね」
「なんだって一緒なら一種類でいいじゃないですか」
「試し消しさせてもらっても?」
「え?」
「だから試し消しです」
「消したら買ってくれるんですか?」
「消え方によりますね」
「じゃあ駄目です」
「なんでですか?」
「ペンじゃないんで」
「ペンが良くて消しゴムは駄目ってどういう話ですか」
「だってね、角が丸くなってたり、黒くなってる消しゴムを買いたいかい?」
「そりゃ買いたくないですよ」
「うん、だからだよ」

そこまでの会話を聞いていて僕は大平さんに同情した。
そう言えば二階堂さんてこういうところがある。
人と違うというか、ズレているというか。

「わかりました。じゃあ、他のお店でやってきます」
「え、え、え」
「なんですか? 他のお店であればいいんですよね」
「何処のお店だって消しゴムは試し消しなんてさせてもらえないよ」
「それはおじさんの常識で考えてってことですよね」
「君は非常識な人というレッテルがほしいのか。それがかっこいいと思っているのか」
「誰が好き好んで」
「じゃあ、普通の考えを持ちなさい。そして行動しなさい」

なんでこの寂れた文房具屋の暗がりで生き方を諭されているのだろう、彼女は。

「じゃあ、文字が消えるマーカーってありますか?」
「消しゴムはもういいの?」

彼女は黙っていた。
大平さんはとんだお客さんに掴まってしまったと言いたげに
溜息を付いて「ちょっと待ってて」と言い置いて別の通路に向かった。

「このあたりにあると思ったんだけど…あれ?」

二階堂さんは大平さんが動き出して、別の通路にいるのを確認しつつ、
消しゴムを掴んだ。そして包装を外して、誰かがペンの試し書きをしたらしい紙を
こすり始めた。

「全然ね」

という言葉を残して二階堂さんはそのお店を去っていった。
暫くしてマーカーを手にして戻ってきた大平さんは、使われた消しゴムを見つけ、
溜息をついた。

「あの、その消しゴム、買います」

別に大平さんに同情したわけでも何でもない。
ただ知り合いが使って「全然」だった消しゴムの後始末を誰かがつけなければならないとしたら、それは僕なのだろうと思っただけだ。

「ありがとうございました」

という投げやりな言葉を聞きながら僕は不図考えた。
二階堂さんは左利きなのだな、と。

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