【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.4

寂れた町だよね。街っていうか町って感じだよね、
って同級生が話しているのを不図私は思い出した。

わからないわけじゃないけど、ここで生まれてここで育った私としては、
なんだかそれって自分自身の故郷というかアイデンティティを嘲笑っているような気がして、
とても不快だった。

商店街。もうすぐ日が暮れて夜が来る。
まだ開いているお店もどんどん我先にとシャッターを下ろしていく。

日曜日。今頃テレビでは笑点でもやっていることだろう。
文房具屋での買い物に失敗した私は、ふてくされるように街を歩き、
コンビニで買わなくてもいいのにポテチとチョコレートと、
ツナマヨのおむすびを購入して帰宅。

テーブルの上に母からのメモが置いてあった。
「夕飯は適当にやってください」

冷蔵庫を開ける。次に冷凍庫も開けてみる。
溜息しか出ない。

結局私のその日の夕飯はツナマヨとポテチとチョコレートになった。
よくこんな食生活をしているのに太らないものだ。
我ながら感心してしまう。

翌朝、ボサボサの頭で台所に向かうと、
メモがテーブルの上に。嫌な予感がした。

「ごめん。お弁当つくる暇なかった!」

母さん。朝ごはんは?
と思ったけれど、どこにも見当たらないのでそれは愚問だった。
チョコだけでも少し取っておけばよかったなぁと幾許(いくばく)かの後悔を胸に
憂鬱な月曜日、私は制服に着替えて登校した。

「二階堂さん、おはよう」
「おはよう」
「今日もいい天気ね」
「そうね」
「あ、もしかして怒ってる?」
「なんで?」
「なんとなく。不機嫌そうだなぁと」
「週の始まり、月曜日よ。そんなことないわ」
「そうよね。あ、私日直だから先に行くね」
「ええ。またあとで」

ぱたぱたと駆けていく日直の熊井さん。
男子たちからは人気がある、らしい。
健康的なところかしら、あるいはよく食べ、よく笑うところかしら。
私とは真逆のタイプだ。

朝の教室。生徒の数はまだあまり多くない時間帯。
下駄箱で上履きに履き替え、教室のある3階に向かっていると、
目の前をちょっと姿勢の悪い男子生徒が歩いていた。
タカナシくんだ。どうも土日の間に髪を切ったようだ。

私は声をかけるタイミングを逸した人のように、
彼の後ろを暫くの間ついていった。

彼が振り返ったら私はなんと言えばいいだろう。
「今日も随分と背中を丸めて歩いているねぇ」とか。

だけど教室に着くまで彼は決して後ろを振り返らなかった。
私はいくつか用意した振り返られた時に言う言葉を教室のドアを
開けるとともに捨てることになった。タカナシめ……

タカナシくんはまっすぐ自分の席に向かっていたが、
不意に私の席の横で立ち止まった。

彼は何かをポケットから取り出したかと思えば、
それを私の机の上に置き、隣の席に腰を下ろした。
そう、タカナシくんの席は私の左隣なのだ。

こ、こ、これは、ラブレター?
もしや私に惚れている?

なんてことはなかった。
もっと小さくて、厚みのある物体だ。

目の悪い私はゆっくり近づいていくと、
恐らくタカナシくんは私の存在に気づいたはずだ。
でも気づかないフリをしてみせていた。

「おはよう、タカナシくん」
「おはよう、二階堂さん」

動揺してくれたなら少しは可愛げがあるってものだけど、
彼は興味なさそうに私の挨拶に応えた。

仕方なく私は机に置かれた物を見た。
角が黒ずんで、少しだけ丸まった、使用済みの消しゴム。

私は椅子に座り、カバンからノートと紺色の筆箱を取り出し、
シャーペンで「タカナシくん」と小さく書いてみた。
そしてすぐにその消しゴムで消した。

隣から視線を感じたものの、私は気づかないフリをした。

「全然ね」

という私のひとりごとが朝の静かな教室に響いた。

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