万引き犯の妹は椅子にちょこんと座り、一点を見つめていた。
「お前さ、さっきから何見てんの?」
「成分表示」
「えーと、さ。今の状況分かりながら紅茶の成分表示見てるとしたら、
お前、すごいよ。さすがだよ」
「褒められちゃった」
「褒めてねぇ」
「え、でも言葉的には褒めてるじゃない。褒めるためにあることば使ったじゃない」
「気持ち的には『このバカ、万引しといて成分表示とかなめてるのか』ってところだ」
「じゃあ、そう言えばいいじゃない。それと、お前とか言われるのすっごい嫌い」
「彼女みたいなこと言わないでもらいたいんだけど」
沈黙がスタッフルームに突然訪れた。
「え? …え?」
「え?」
「お前、え、そういう感じで俺を見てるの?」
「はぁ? 今の沈黙はもう会話的に終わったなっていう沈黙だったでしょ。
それとまたお前って」
妹のことを何と呼ぶかについては後日の議論としたい俺としては、
速やかにこの話を終えたかった。
「七海」
「な、名前で呼ばれるのも意外と恥ずかしいね」
「だろ? そうなるだろうがよ。今までずっと『お前』とか『おい』って呼んでたのに、
今日から名前とかってないだろうが」
さてと、店長がやってくる時間も迫ってくる中、
俺は開封していない紅茶を冷蔵ショーケースの裏から戻した。
「ひとまずさ、反省するってことで。言っておくけど、これ犯罪だからな。
誰にも言わないでおくけど、二回目とかないから」
「うん」
「うんじゃなくてさ、こういう時なんて言うんだっけ?」
「ありがとう」
「それから?」
「ごめんなさい」
見た感じ多少の反省もしているのか、真剣な表情を見せつつ、
妹は今後の人生についてでも、ま、そこまでは考えていないとは思ったが、
俯きがちに思案しているようだった。
妹よ、二度とこんな真似はするなよ。
兄としていつまでも一緒にいてはやれないのだから。
…なんて言葉はもちろん直接かけたりはしない。恥ずかしいから!
恥ずかしさのあまりサスペンスドラマによく出てきそうな崖から
飛び降りたくなるから。
学校カバンを掴み立ち上がった妹はそのままスタッフルームから
出ていこうとして、くるりと踵を返して俺を見た。
「なーちゃん、ね。今度から」
「?」
俺が理解していない顔をしていると、
「さっきの私の呼び方。みんなから言われてるし」
「ああ。…え、さっきからちょっと真剣な顔して考えていたのって」
「あ、うん。呼び方。じゃあね、お兄ちゃん」
スタッフルームに一人残された俺は立ち眩み(たちくらみ)がした。
そして今後「なーちゃん」と呼ばされることになった妹は家に帰ればいるわけで、
俺はどういう顔をして、どういう態度で「万引きをして反省をしていないであろう妹」と
暮らしていけばいいのだろう。……