【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.8

人にノートを貸すというのは裸を見られるのとは違うけれど、やはり恥ずかしいものだったりする。

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数学のノートを貸してほしいんだけど、と昨日の授業の終わりにタカナシくんに言われた私は
まさに机の中にしまおうとしていたノートをそのまま彼に渡した。

渡してから気づいた。
あれには私の落書きがある、ということに。

特に意味のあるものではないから落書きなのだけれど、
彼は、タカナシくんはどう思うだろう。

あのページを開いた彼を想像する。
きっと二度見をするはずだ。

「ん? ……んん?」と。

ノートの端っこに書かれた授業とは関係のない文字。

「固結びはほどけない」

授業は真面目に聞いていたが、黒板の上で展開する
数字たちを見ていると、自分の不可能性について思うに至った。

「ジャムの蓋に拒絶される」
「駅の改札は相性」

みたいなことが頭の中を駆け巡り、
私はいくつか浮かんだうちの一つを書き込んだ。

まあ、誰かに見せることもないと思っていたし、
先生に提出する際には消せばいいだけのことだったから。

友だちが出来るというのはこういう事象が
発生するのだなと、若葉マークをつけた車のように私は学習した。

翌日の教室、私はいつもより早めに登校していた。
日直だったというのもあったが、それだけじゃなかった。

どういう顔をしてタカナシくんを迎えればいいだろうか。
彼は笑うのをごまかしつつ私にノートを返してくるのだろうか。
もしかしたら不可解な生き物でも見るような目で私を見るかもしれない。
友だち付き合いを考えさせてくれと言われるかもしれない。

たかがノートの落書きでと言われるかもしれないが、
人というのは何がきっかけで気持ちが変わるか分かったものではない。

教室のドアが開く度に読書をしている私の心は乱された。
何度ドアが開いたかは忘れたがタカナシくんが登校してきたのは
8時30分ちょうどだった。来るのであればもっと早く来てくれればいいのに。

「二階堂さん、おはよう」
「おはよう」

そう言って彼は席に着き、カバンから教科書とノートを取り出して、
机に入れ始め、その際、ちらっとだが私のノートも見えた気がした。
いつ切り出されるのか。今か、授業直前か。

「あ、二階堂さん」
「はい」
「これ、とても助かった。ありがとう」

と言ってタカナシくんはノートを返してきた。
彼は笑っていたが、いつもの笑顔だった。
もしかしてあの文字はみつかっていない?

私は渡されたノートをしばらくしてから点検した。
あの文字は私の夢か何かで書いていないのかもしれないと思ったからだ。

しかし残念ながら私はすぐにその文字を見つけてしまった。
恥ずかしい。…

身をよじりたくなるとはまさにこういう状況で使われるべき言葉だ。
だが私は同時にある文字に気づいた。

私が書いた文字、「固結びはほどけない」の横に、
癖のない、きれいとも汚いとも言えない没個性的な文字が並んでいた。

「ちょうちょ結びならほどける」

私はタカナシくんを見た。
タカナシくんは素知らぬ顔で1時間目の授業の準備をしていた。

そうだ。ちょうちょ結びならほどけるのだ。

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