原石かもしれないと自分を納得させてその少女を事務所まで連れてきてしまった男。
果たして。……

社長の大月薫子がマグカップでコーヒーを啜りながら二人を見ていた。
薫子「誰?」
女「原石です」
薫子「ゲンセキさん?」
男「ああ、違います。そういやまだ名前、聞いてなかったな」
女「朱乃。津田朱乃です」
女(以下、朱乃と表記する)はそう名乗った。
朱乃「とってもきれいなオフィスですね。もっと雑居ビル的なものを想像してました」
薫子「一応芸能事務所としては30年やってきているからね。ちゃんとはしているわ」
朱乃「30年。やはり区切りの年としては新たな風を吹き込まないとですね」
薫子「そうね。まあ、稼ぎ頭は相変わらずだけれども、その下を育てていくのも私達、
事務所が担っている業界に対する責任でもあるかしらね」
朱乃「で、社長さんは今どこに?」
薫子「ん?」
男「彼女がうちの社長だよ」
朱乃「……あ、どうも。すみません。なんかフランクに話してしまったりなんかしちゃったりして」
薫子「別にいいけど。何、織田くんがスカウトしたの?」
織田と呼ばれた男(以下、織田と表記)が首を横に振る。
織田「いいえ、逆に売り込んできたのでひとまず連れてきました」
朱乃「連れてこられました」
薫子「なにそれ。ウケるわ」
織田「で、どう思われますか。社長の意見を伺いたく」
薫子「織田くんはこの子売れると思う? 売っていきたいの?」
織田「わかんないんですよねぇ。それが。勝算があれば飛びつくんですが、
どうにもこうにも」
薫子「華はありそうよ。ガッツもありそうね。でもそれだけじゃこの世界で売れないからね」
織田「売り込むとしてまずはバラエティとかならいけるかなと」
薫子「なるほど」
朱乃「私、バラエティ向いていると思います」
織田「でも最終的には何になりたいの?」
朱乃「女優志望です」
薫子、織田「ああ」
朱乃「その反応はどういう?」
薫子「いるよねぇって思ってね」
織田「バラエティからの女優」
朱乃「私、女優やりながらもバラエティ出たいんです」
織田「へぇ」
薫子「じゃあ、さ。オーディションやろうか」
織田「社長?」
薫子「ここに台本があります。今読んで、覚えて、演じてみて」
織田「いきなりハードル高くないですか?」
朱乃「やります。やらせてください」
薫子「ダメだったら織田、クビね」
織田「ちょっと待ってください。巻き込まないでくださいよ」
意気込む朱乃を見た織田は、昔こんながむしゃらなタレントがいたなぁと
遠い記憶を手繰り寄せながら考えていた。あいつは今何をしているだろうか、と。