雨の中を走っている自分は一体なんだろうと思う。
傘は何処に置いてきたんだろう。こんな雨なのに。見知らぬ人が私を見ている気がした。傘を持ちながら、持っていない私を笑っている気がした。
雨。きっとまだやまない。むしろもっと強くなる気がした。その刹那、右足の革靴が脱げて、私は体勢を崩し、水たまりに滑り込むように倒れた。飛び散る雨水がスローモーションのように宙に舞い、再びコンクリートの地面に戻っていくのを倒れたままに見ていた。私は起き上がれなかった。急激に押し寄せる虚しさをどう処理すればいいのかわからなかった。嗚呼、このままに地面に埋もれて土にでも返れるのであればどんなにいいか。何事にも動じず、感情はぶれずに、ただ土として人間に踏まれ、時に耕される土に。しかしそこにあるのは、私の頬に押し付けられているのはとても固い、コンクリートだった。
雨が背中を打ち付ける。私は最早コンクリートになったんだ。コンクリート人間なんだ。
「二階堂さん」
私を抱き起こそうとするその男の子のことを私は知っている。よくは知っていないけれども、知らない男子よりは知っているんだから「よく」と表現したっていいと思う。と誰かに言い訳するように思考する私。
「大丈夫。怪我は。あ、膝、擦りむいてるね」
私に話しかけたらダメ。私は今コンクリートなんだから。抱き起こさないで。話しかけないで。どうかそっとしておいてほしいの。
「手も」
と言って擦りむいた手を彼は優しく両手で包んでいた。貴方の優しさは優しくないんだって教えてあげたい。
「傘はどうしたの?」
「傘、お店に忘れてきちゃった」
「取りに帰ったら。熊井さんも待ってるでしょ」
「待ってないよ。それに怪我した子を雨の中に置いて戻るほど、傘に価値はないんだ。ちょっと待ってて」
と言って彼は少し離れたところに転がっている私の革靴を拾い上げ、私に履かせると、「よっこいしょ」と言って私を背負いあげた。
「恥ずかしい、かもしれない」
「けが人は黙ってその恥ずかしさに耐えててよ」
好奇の目で見られていると思うものの、見たければ見ればいいと思った。1人では耐えられないその目は、タカナシくんがいることで耐えられるものとなった。
2人なら耐えられる。2人だから耐えられる。
「雨、やまないね」と私。
「雨、やみそうにないね」とタカナシくん。
彼が信号の赤を見つめて立ち止まり、暫くして言った。
「雨、やんでほしい?」とタカナシくん。
私は彼の前髪から垂れる雨水を見ながら思った。
『もう少しだけ、このまま降っていてもいいよ』と。