元カノの墓参りに元カノの妹と来る自分は非常識だったりするだろうか。
「じゃ、再来週でいかがでしょう?」と美冬ちゃんの提案した日は、あっという間に訪れた。
「へぇ、で、出かけるんだ」と明奈がソファに腰を下ろしながら言う。
「そう」
「妹に宜しくって、…ああ、伝えたりしたら変よね。何も言わなくていいわ」
ここは私の家である。私は出かける準備をしつつも今から墓参りする相手とこうも話している。頭がおかしくなりそうだ。
「でもさ、昔こんな歌あったじゃない? 『そこに私はいません』とかいうやつ。あれってホントだよね」
「君の場合はってことね。普通はお墓で寝ているものじゃないか」
「どうだろうね。私、自分以外の人のこと知らないから。ああ、もう人でもないか」
「魑魅魍魎、幽霊、幻覚、その他もろもろの類」
「はいはい」
「で、美冬ちゃんには何か、あくまで自然と君からのメッセージを伝えることも可能だと思うんだけど」
彼女は少しだけ考えてからこう答えた。
「いや、いい。今更言ってみたところで全ては後の祭りだから」
「そうか。じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
彼女、美冬ちゃんの姉であり、私の元カノである明奈はいつもこうして出てくるわけじゃない。きまぐれとでも言うのか、いや、もしかしたら何かしらの条件が整った時に出てくるのではとも考えた。何せ、妻と一緒に暮らしていた時は一度たりとも出てこなかったわけだし。だから私は聞いたことがある。なぜ出てこなかったのかと。すると彼女は一言。
「だって奥さんいたじゃない」
果たして居ることを知らせずに新婚生活を過ごさせ、ずっと見ていたとあとから伝えられた身としてはそれってお互いに嫌じゃないかと、思ったりもした。君は何か優しさってものを勘違いしているのではないか。
美冬ちゃんとの待ち合わせした霊園最寄り駅の駅舎は以前訪れた時と比較すると多少なりとも新しくなっていたような気がした。それだけ来ていなかったとも言えるし、開発がこんな場所までスピーディーに行われているとも言えた。
「おまたせ」と私が既に到着していた美冬ちゃんを見つけて声をかける。
「私も来たところです」と彼女が言う。スポーティーな格好に麦わら帽子であるが、その帽子には見覚えがあった。
「バスで行く?」
「今バス行った所なので徒歩かタクシーで行っちゃいましょう」
徒歩だと30分ほどかかる。意外と夏間近の太陽がじりじりと私達を焦がし、その選択肢は早々に消えた。タクシーに乗り込んだ私は外の景色を眺めつつ、隣りに座る美冬ちゃんが手に抱えている帽子をちらりと見やった。
「この帽子、覚えてますか?」
「え?」
彼女もまた窓の外を見ていたから私の視線の先をはっきりと気づいてその質問になったとは考えにくい。
「この帽子、お姉ちゃんの、もらったんです、形見として」
「そう」
彼女が帽子に視線を落とす。私はその様子を眺めている。
車内の温度が上がったような気がした。
「お兄さんが買ってあげたものですよね」