「西原さんってどうにかならないんですか?」と始業間もなくして櫻井くんからメッセが飛んできた。どうにかなるんだったらもうしてるって話だ。
私は冷静な顔をしながらそのメッセに返す。
「西原さんの企画としてスタートしているという点は事実だ。別に彼女を外すって話はしていないし、ただ誰が中心になって進めるかを考えたら櫻井くんがやった方が色々と見えてきているリスクにも対応出来るだろうし、いいだろうって思ったんだが」
「(笑)」
「(笑)ってなんだ。こっちはだね、」
「沖島部長。メッセなんだからもっと短めにお願いしますww」
色々とツッコミたいことがあったが、ひとまずスルーし、そのままメッセのやり取りを終わらせた。昼休みの後に待ち構えている開発会議。その際に使う資料を読んでいると、私のデスク前に西原さんがいつの間にか立っていた。
「よろしいですか?」
「用件にもよるかな」
「さっきとは別件なんですが」
「ここで話せること?」
「会議室取ったので」
「わざわざ。わかった」
西原さんの別件。と言いながらさっきのことを持ち出すつもりじゃないだろうかと思いつつも、素直に彼女に従って会議室にやってきた私に彼女は間髪入れずこう言った。「私はそんなに駄目でしょうか」と。
「それさっきの話の続きじゃないか。君は別件って言ったよね」
「だからこれは別件です。新商品企画の話じゃなくて、」
「じゃないとしたら何?」
「お気付きだと思っているんですが」
「なに? そういうねまどろっこしい話とかやめようよ」
「納得できません!」
と西原さんは突然沸騰した薬缶のように頭から湯気を出すように言葉を吐き出すと、机をバシッと叩いた。あれは痛いだろうなと音を聞きながら思った。
「西原さん、会議室は防音性が高いわけじゃないからさ。そんなに大声上げなくても聞こえるし」
「だってお気付きじゃないって、それはあんまりな話だと思いますから。私じゃ駄目ですか? 私が部長のこと好きになったら駄目ですか。私じゃ選ばれないですか?」
私は知っていた。これは決して自惚れとかではないのだが、西原くんがそういう感情を私に持ってくれているようだというのはだいぶ前から気づいていた。そして私はその彼女の感情を仕事のモチベーションに、利用した。じゃあ責任を取って付き合ってやれと気軽に言ってはくれるな。私だって人間である。否、私のような人間であるから、誰でも受け入れられるわけではない。むしろ次、恋愛をしたとしたらもうそれは結婚だと思っていたわけで、それで西原くんというのは……何の罰だろうか。
「部長」
「うん」
「こういうのはどうでしょうか?」
「あんまり聞きたくないな、その提案は」
「提案ではありません。もうこれしかないという選択肢です」
「聞かないと言っても君は喋る気だろう。どうぞ」
「試用期間です」
試用期間。また何を持ち出されているのだろう私は。お試しで用いてみる期間ってことだろう。却下だ。試用しなくてもわかる。
「あのね」
「なんですか?」
私はきっ、と鋭い目を向けてくる西原未華子から一瞬目をそらし、溜息を短く吐いて言葉を口にした。
「君のことは好きになれそうにない」と。
第3話に続く。