俺は木刀を杖のようにして身体をもたせながら、「なにもしないで下さいね」と言って帰って行く所属女優の莉緒を見送った。
「いいんですか、帰しちゃって」という朱乃はコーヒーカップを片付けながら言った。
「いいんですかって言われてもな、本人が何もするなって言っている以上はこちらとしては出る幕ではない」
「警察みたいなこと言ってる。あ、スイカ切っちゃっていいですかね」
「もう少し冷やしておけよ」
「でも食べたいんですよね」
俺は朱乃を見た。ああ、こいつまじで食べたそうな顔してると第3者が見て思うぐらいの表情をしていた。わかりやすいと言うべきか。
「お前、わかりやすい性格してるな」
「女優目指してるんですから演技に決まってるじゃないですか」
「どこからどこまでが演技だ。食べたいってのは本音だろう?」
「当たり前じゃないですか。スイカが食べられないと言うならばそこのコンビニでアイスのスイカバー買ってきますよ」
「スイカバーよりはカットしてあるフルーツの方がいいんじゃないのか?」
「どっちでもいいわよ!」と俺と朱乃がわちゃわちゃしていると社長の薫子さんの怒声が響いた。そんなに怒らなくてもいいじゃないかとは思いつつ、黙った。
「ねぇ」
「はい?」
「電話してくれる?」
「誰にですか?」
「決まってるでしょ、うちの女優をストーカーしてるバカ男によ」
「え、でも、動かないんじゃ」
「そんなの誰が決めたの? 私が動かないって約束した? 百歩譲って約束したとするよ」
「ええ」
「私が守ると思ってる?」
俺は少しだけ考えてみた。ああ、守るわけがないな、と。
「社長は約束とか破るためにあるって考えている人ですからね」と朱乃が口にした。
「おい。言っていいことと悪いことがあるぞ。本人に向かってはダメだ」
「え、でも織田さんもそう思ってますよね。それを口にしてあげただけなんですけど」
「待て、それだと俺が悪いことにならないか」
「んー、どうでしょう」
「長嶋のモノマネとかやめろって。そんな場合じゃない」
ちらりと薫子さんを見ると俺達の会話が終わるのを今か今かと待っているかのように腕を組み、人差し指で上腕二頭筋をノックしていた。
「で、ん、わ」
「わかりましたよ。どうなっても知りませんからね」
俺は携帯を取り出し、ストーカー行為をしているという今や売れっ子俳優の輪島龍樹に電話をかけた。
コール音がしたかと思った刹那、相手が出た。
「あ、もしもし。織田ですけど」と電話をかけたのは俺の方だが、面倒くさいと思っている気持ちを隠し通すことができなかった。
「ちょっと聞きたいんだけど、うちの、」とまでしか俺は話せなかった。何故なら俺の言葉を打ち消すように相手が話し始めたからだ。
「織田さん、ヘルプミーーーーーー!!!」