兎にも角にも人というのは相性だと思っているし、第1印象なのだと思う。仕事の上でも、恋愛の上でも。
「どうして私じゃだめなんですか」
「それは質問かい?」
「質問かもしれませんし自問かもしれません。『どうして私じゃだめなんですか。私でもいいと思っているんですけど、そうは思わない、私。うん、そうそう、そうよね。』という自問です」
「自答もしているね。それはもう自答もしているじゃないか」
私の目の前でもともとつり上がっている目をさらに釣り上げて怒っている、いや不満を漏らしているのは開発部の西原未華子だ。どうも私はこの子が苦手だ。きっと初対面で私の発言に対して「それはどこがおもしろいのでしょうか」と真顔で言ってきたことがずっとわだかまりのように私の胸の中で消えないからだろう。…その時、私が何を言ったかはここでは語るまい。
「もう一度伺いますが、」
「もういいよ。これ今日、この時間で何回言われたことやら」
「私じゃだめですか私じゃだめですか私じゃだめですか」
「だから。駄目だから。これも私は何度答えたかわからないぐらいに言っているよ」
「理由がわかりません。腑に落ちません。それはなんとかなるものでしょうか。ならないものでしょうか」
「ならないんじゃないかな。理由がわからないって君は言うけれどね。これは相性みたいなものだから」
私は彼女に気づかれないように(という配慮は出来る男である)時計をちらっと見た。もうすぐ始業時間である。そんな時間にオフィスの隅っこで何の話をしているのだろうか、我々は。
「あのね、この企画はね、もう櫻井くんのチームでやるって決まったわけだから」
「それも解せないんです」
「解せないとか腑に落ちないとか言われてもね」
「じゃあ、どうしたらいいんですか。だってこれ、私の企画じゃないですか」
「だから君を中心に企画を進めるってことも考えたわけだし」
食いしばるように一文字になっている西原未華子の唇を眺めながら私は「ああ、漢数字の『イチ』だなぁ」と考えていたりした。始業時間まであと3分。決着は、昼休みに持ち越しだな。