二階堂さんを送り届け、帰宅した僕は一人になって身悶えた。なんて恥ずかしい真似を平然としてしまったのだろうか。
こんなことをするつもりはなかったのにという後悔の嵐が僕の中で吹き荒れる中、窓の外の雨も同調するように強くなっているようだ。僕は着替えをしながら帰宅するまでの記憶の糸を手繰り寄せた。
「きっとタカナシくんは後悔するよ」と二階堂さんは僕の背中で言った。
あれは一体どういう意味だったのだろうかと考えたが、これだ。今まさに僕が恥ずかしさで窓を開けて「僕は恥ずかしいぞ!」と叫びたいのを堪えていることの副作用でぶるぶると震えている、まさしくこの現象のことを予知したんじゃないだろうか。
「熊井さん、怒ってるんじゃないの?」
「かもしれない。明日、謝っておこう」
「今日のうちにLINEでもいいから連絡しておいたら?」
「そうだね。僕に余裕があったら連絡しておくよ」
「その方がいいよ。うん、きっと」
「何だかいつもより弱々しいね」
「そう? きっと雨のせいよ」
「雨のせいか」
「弱々しい方がいい?」
「どっちでもいいよ。僕にとってそれは大きな差ではないんだ」
僕にとっての二階堂さんは、とても近寄りにくい人から本当はユニークで楽しい物事の考え方をする人で、教えることがうまくて、人が赤点にならないようにと親身になってくれて、そういう人になっていった。あとは未確認生物が好きな女の子だっけ。あ、あとクレープが好きな女の子でもある。
数ヶ月しか経っていないけれども、僕は知らないで終わっていたかもしれない二階堂さんをだいぶ知ることが出来た。それはとっても素敵なことなんだと僕は二階堂さんに教えてあげたかった。
「タカナシくんは…好き?」
二階堂さんの言葉が雨音に紛れて聞き取れなかった。彼女は何を好きだと言ったのだろうか。考える。ひとまず考える。それで答えが出るというわけでもなかったけれど。
「ごめん、なに?」
「聞こえなかったならいいの」
「いや、よくない。良くない気がするよ。いいから教えてよ」
「きっとタカナシくんは後悔するわ」
まただ。何を僕は後悔するのだろうか。それが二階堂さんにとってどういう状況を生み出してしまうのだろうか。
「後悔しないよ。するものか。あ、たまねぎは食べられないんだ」
「誰もたまねぎが好きかなんて聞いてないんだけど」
「そうか。じゃあ」
「私の事、好きでしょ」
僕は言葉を飲み込んだ。いや、出かかった言葉なんてそもそもなかったのかもしれない。何も言わない僕の背中で彼女はきっと思ったに違いない。
「この弱虫」って。
雨に濡れたワイシャツを洗濯機に放り込むと、僕はミルクを電子レンジで温めて、静かに窓の外を眺めた。梅雨が明けるらしい。夏が、来る。