【短編オリジナル小説】探偵は、ファミレスで夜を明かす 第2話(全12話)

誰だって突然姿を消したくなることは在るだろう。私だって誰彼なく突如熱海にでも行ってみようかと思ったりもする。恐らく誰も探しに来てはくれないだろうが。

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私はいつしかウェイトレスの秋川さんがいなくなっていることをいいことにもう少しこのお店の固定電話を占領することとした。どうせ席に戻ったところでメロンソーダが置かれているだけである。

「わかりました。あなたのお祖父様を捜せば良いんですね」
「誰が私のと言いました?」

私はこめかみのあたりが一瞬ぴくつきながらも平常心を保った。ものの言い方を教えてやらなくてはいけないような人間はこの世に何人居ると思っている。100や200なんてものじゃない。電車に乗っていれば何も言うことなく降車せんと開いたドアに突進する人間もいる世の中だ。

「失礼しました。どなたのお祖父様をお捜しですか?」
「わかりません」

おっと。この辺りで私はイタズラか何かとして電話を切ってしまえばよかったのだと近い未来で後悔するのだが、私は受話器を固く握りしめて、彼が先程言った『金はいくらでも払う』という言葉を信じ、辛抱強く自分自身を鼓舞しつつ、相手の言葉を待った。

「私は誰の祖父を捜そうとしているのか。あ、でも祖父を捜さなくてはいけないってことは何となく分かっているのです」
「はい。そうですね。是非捜し出しましょう。料金に関してですが、」
「誰かに言われたわけでもなく、間違いなく私は、恐らく私の祖父、あるいは妻の祖父ぐらいの近さの男を捜し出す必要があるんです」
「はい。調査の結果問わずですが必要経費、これは移動費であったり宿泊費用なども入ってくるのですが、」
「待てよ、私は本当に捜す必要があるのだろうか。そもそも私は祖父をと言ったものの、何とも表現がしにくい違和感が心の中で広がっている。それは時間が経てば経つほどに大きくなり、何時しか私を狂気に駆り立てようとする。ぽっかりと空いたこれに名前をつけるとすれば、そうだ、これは『空虚』だ」
「はい。ということでですね、まず前金として20万ほど指定の口座にお振り込み頂けますでしょうか。振込を確認した時点から調査は始まります」
「探偵さん、私はおかしなことを言っているだろうか?」
「はい。大丈夫です。みんなどこかしら一つはおかしな部分を持って生きていますから頑張ってこれからも生きていって下さい」

男はまだ名乗ることも忘れて、ただただ「そうか」とだけ私の右耳に残して暫く沈黙した。私は事務的に銀行口座の情報を教え、メールアドレスを伝えてから電話を切った。切った後、私はまだ彼に名前を聞いてすらいなかった事に気づいたが、名前などというものは何の役にも立ちはしない。ただモノやヒトを区別するのに便利なだけのものだ。

私は渇ききった喉を、忌々しきメロンソーダで潤そうとテーブルに戻ると、不思議な事も在るものだ。まだ飲みかけ、いや、ほとんど手付かずだったメロンソーダの入ったグラスは何処にもなかった。秋川め、許すまじと何の根拠もなく片付けたのがあのウェイトレスだと思った私は彼女の笑顔を頭に思い浮かべながら席に腰を下ろした。さてと、ドリンクバーが呼んでいる。行ってくるとしよう。

続く

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