【短編オリジナル小説】猫も大概ヒマじゃない vol.13

明奈の墓前に着いた私たちは、お墓の掃除をして、水を墓石にかけて、線香をやった。
手を合わせ、ふと考えてしまった。自分は何を彼女に語りかけようとしているのかと。

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「ねえ、お兄さん」
「うん」
「何を話したんですか?」

と美冬ちゃんが聞いてくるのに対して、言葉に詰まった。

「内緒」と言ってかわすこともできたかもしれない。それでも彼女は更に聞いてきたかもしれないが。

「正直、迷った。色んな言葉が溢れてきて、ね」
「謝罪? 近況報告? その他?」
「全部」
「そう」
「うん」

彼女は落胆するでもなく、表情を変えずに私の言葉を聞いていた。きっと美冬ちゃんは私を許すことはないだろう。言葉ではどうとでも言えるが、私がやったことは冷静に考えても反吐が出るような裏切り行為だったから。どこまで真実を明奈は妹に伝えて死んだのか、それについてはわからない。知るには美冬ちゃんが口を開いて教えてくれる必要があった。でもそれを私は聞く資格がない。

蝉が一瞬の沈黙の後、再び鳴き始めた。空には夏らしい雲が棚引いており、私はそっと額から流れ落ちる汗をハンカチで拭った。帽子でもかぶってくるべきだったかと思うほど頭が熱を持ち始めた。そんなぼうっとする頭で考えることはとてつもなく無意味で無価値なことばかりで、今更のことばかりだ。

私がふと右手の人差指を見ると第2関節の蚊が止まって、血を吸っているのが目に入った。ああ、このまま放置すると腫れ上がって指が暫く曲がらなくなるなぁとは思ったが殺そうとは思わなかった。

「お兄さん、蚊」

という美冬ちゃんの声も聞いたような気がしたがすぐに反応ができなかった。

「え?」と言った具合にしばらくして声を上げた私に対して、また表情を崩すことなく同じ指摘を彼女はした。

「蚊が止まってる」
「ああ、そうだね。蚊だね」
「いいの?」
「なにが?」
「かゆくなるし、痛くなるよ?」
「仕方がないよ。蚊だって別にかゆくなれぇとか痛くなれぇとか思って刺してるわけじゃないから」
「昔からそういうところありますよね。お姉ちゃんが呆れてましたよ」
「何が?」
「お兄さんは後悔するってわかっていることも受け入れて流されていくところがあるって」
「ああ。そういうところあるね」
「だから誰かが側にいて、流されないように錨になってあげないとダメだからって」
「うん」
「だからその錨に私がなるんだって、姉さんが」

初めて聞く話だった。どうしてそんな話を今美冬ちゃんはしているのだろうかと、ぼうっとしながら聞いていた。

「ねえ、お兄さん」
「ん?」
「その錨にね、今度は私がなれないかなって思っているんです」

私は自分の耳がおかしくなったか、幻聴かと訝しく思いながら美冬ちゃんを眺めていたが、その真剣な表情から読み取れたのは、事実であるということだけだった。

「どういう意味?」

と喉の渇きからか、かすれる声でようやく言えたのはそんな言葉だった。

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