【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.17

熊井さんをあとに残して教室に戻ってくると、二階堂さんが女子3人に囲まれて、責められているように見えた。

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「お。噂をすれば彼」
「噂をすれば影でしょ」
「どっちでもいいよ。とにかく関係者が集まっちゃった」

という名前をうっかり覚えていないクラスメート3人が喋り合っているのを僕と二階堂さんは同じような表情で見ていた。それだけで状況を把握出来た。

「えーと、あのさ、何してんのかな?」
「タカナシくんに質問があります」

質問に対して質問で返されるのはマナー違反ではないかと思わずにはいられなかったけれど、そういうのが通じる相手だったらこんなことはしていないんだろう。

「どうぞ」
「二階堂さんと昨日デートしてたでしょ」
「ストレート。ストレートだよ、その質問は。っていうか断定」
「どうなの?」

まるで芸能レポーターみたいな言葉の圧を受けつつ僕は答えを探した。

「あれは、未確認生物を探しに行ったんだ」
という回答をしている自分を想像してみた。通じない。こんな回答が通じる相手ではない。じゃあ、どうする。逆に肯定してみるか。

「あれは、そう、デートだよ」
……ますます攻撃を受けるのではないか。その矛先は僕だけではなく二階堂さんにも及ぶのではないか。それは避けたい。じゃあ、どうする。

「実は偶然。おいしいクレープ屋さんがあるって聞いて、行ってみたら二階堂さんがいて、『最近どう?』『ぼちぼちでんな~』みたいなやりとりをかわしつつ帰る方向が途中まで一緒だからとぼとぼ歩いているのを誰かが見たってだけだ」
……ないないない。

「タカナシくん、聞いてる?」
「聞いてるよ。だからね、それに対して答えたからって何なの?」
「気になるじゃない。え、楽しいじゃない」
「そうよそうよ」
「しかもあの二階堂さんが、よ」
「……なにそれ」

僕の愛想笑いが一気に引いていくのが自分でもわかった。
「え?」
「だから、あの二階堂さんって、なに?」
「そりゃあねぇ。あのはあのだよねぇ」
「だからちゃんと説明してよ。あのってどういう二階堂さんを君たちは知っていて、口にしてるのかって」
「なに、え、怒ってる?」
「僕の質問に答えろよ」

教室の空気が張り詰めているのがわかった。数名の男子生徒が腰を上げて、僕を止めに入ろうとしているのも目の端に入れて気づいていた。別に僕は何かをしようとはしていない。女子に手をあげようとも思っていない。ただ嫌だった。二階堂さんを神聖化することが。……違う。僕だ。僕も彼らと同じだ。今の今まで二階堂さんと話もせずにいただけでイメージを作り上げて、「あの二階堂さん」という言葉で何度も彼女を心の中で表現してきたじゃないか。僕は彼女を守るとかそんな大層なことが出来る人間じゃないけど、資格もないけど。

「タカナシくん」
と二階堂さんが僕に声をかけた。二階堂さんは無表情で立っていたけれど、微かにその瞳に感情が見えた。今の僕には彼女たち他のクラスメートが見えていない、判別もつかないような彼女のちょっとした感情を見抜くことが出来た。

「二階堂さん?」
「もう授業が始まるわ。ええ、授業が始まってしまうのよ」

僕には彼女の手首を掴んで教室を飛び出していくなんていう真似はできない。これは現実でドラマでも小説でもない。まして僕はヒーローじゃない。教室にいる生徒Aである。

でも、そんな僕にでもなにか彼女にしてあげられることはないだろうかって考えつつ、僕は二階堂さんの隣の、自分の席に、腰を下ろした。そして、誰が聞いていようが構わない声で言った。

「二階堂さん、今日もデートしてくれないかな?」

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