【短編オリジナル小説】猫も大概ヒマじゃない vol.5

玄関先にビニール傘を置き、上着をハンガーにかけて吊ったところで
否応なく押し寄せた疲れを受けて、私はソファに身を沈めた。

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結婚すると約束をした君、その約束をなかったことにしてくれと言った私。
赦されないことをしたと思ったが、結局人間の、恋愛なんてものは
うまくいくかいかないかのどっちかでしかない。そんな思考の中、
キッチンから姿を見せる白いワンピース姿の君を私は見た。

「ごめん、明奈」
「いいよ」
「優しいな、君は」
「だってそういう言葉が聞きたいんでしょ」

そう言って君は笑ってみせる。君は幻なのだろうか、
それとも幽霊なのだろうか。ずっと考えていたことだ。

いつでも見える存在ではないから恐らく私が作り出した幻影なのだろう。
そう自分を納得させていた。

君の幻影という存在は私だけの秘密。
元妻にも、勿論彼女の妹である美冬ちゃんにも言っていない。
意味が無い、そう思ったから。

「いつからだっけ?」
「何が?」
「君がここに現れるようになったのって」
「ああ。いつからだったかしら。ううん。私覚えてるわ。貴方が私に別れを告げて、私は自分は不幸だと思いながらも生きて、でも、…だめね、こういう話は。そう。あれも今日みたいな雨の日だったわ。私の葬儀に参列した貴方を火葬場からつけてきたの。だって貴方は私が知っていたマンションから引っ越してたから。化けて出るにも出られなかったわ。今のわかる? 私の冗談」
「どこからどこまでが冗談なのか分かりかねるね。にしても今日はよく喋る」
「きっと貴方から懐かしい人の、妹の匂いがしたからかしら」
「それも冗談かい?」
「どうかしら」
「明奈」
「なに?」
「君は私を赦さないだろうね」
「赦す赦さないという問題ではないわ。私は死んでいて、貴方は生きていて」
「そういうことじゃなくて」
「今はひとりになって、寂しい? あの人がいた頃は全く私に喋りかけたりしなかったのに」
「幻とか幽霊とかに話しかけたりしたらすぐさま離婚されてしまうよ」
「何、その幻とか幽霊とかって。私はどっちなの、あなたにとって」
「どっちって…」
「どっちが都合がいいの?」
「そういう」
「いいえ、そういう話よ」

私は言葉に詰まって俯いた。
雨音だけが聞こえた。

「あの人はきっと私のことを知っていたわね」
「君がどっちであったっていい。幻だろうが、幽霊だろうが」
「あの猫も気づいてたわよ、私のこと」
「私は君に赦してもらえればそれで、」

私の言葉を聞いて、君は髪を掻き上げ、微笑んだ。

「もういいのよ。だってようやく貴方は私のものになったから」

vol.6

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