【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.29

夏休み3日目。
僕は宿題を詰め込んだカバンを地面に置いて、まだ来ぬ人々を待った。

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猛暑。猛烈に暑いと書くわけだが、駅の改札を出たところがまだ日陰であるにはあるけど、暑いことに変わりはない。ああ、冬が恋しい。とは言え、冬になれば夏が恋しいとか言い出すんだ。

時計を見る。12時40分。集合時間まであと20分ほどある。

僕と二階堂さん、そして熊井さんは、宿題をやるために二階堂さんが組んだスケジュールに従って、夏を過ごすことになった。とても残念なことに僕も熊井さんも故郷というものがないため、お盆が来ようが里帰りで旅行なんて生まれてこの方したこともなく、宿題片付けスケジュールのお盆休みは休みにされることなく「集合の日」にされていた。学生の本分は勉強だと大人は言ったかもしれないけれど、僕は認めない。きっと学生だからこそやれることがあるんだ、学生だからこそやらないといけない勉強よりも大切なことがあるはずなんだ!と暑苦しい事を思っていると改札から見慣れた顔が見慣れない服装で現れた。

「熊井さん、こっちこっち」

熊井さんは紺のワンピースで、海辺を散歩するお嬢様のようだった。

「何か文句でもある?」

僕がじっと品定めをするかのように見ていたからか、熊井さんは腕を組んで不満げにそっぽを向いてしまった。

「いや、よくよく考えると熊井さんの私服姿ってあんまり見たことなかったから」
「見たことなかったから何?」
「新鮮だなって」
「それだけ? 似合ってるとか、キレイとかないの? そういう褒め言葉」
「求められてから言うのもあれだよ、熊井さん」
「二階堂さんは? まだ?」
「うん。まだ時間じゃないからね。彼女は時間に正確だから、早すぎるわけでもなく遅すぎるわけでもない時間帯に来るさ」

セミが何処に止まっているのかかなり大きな音で鳴いているのを耳にすると、ああ夏だなという思いと、耳障りなという人間のエゴ的な思考がよぎる。

「ねえ」
「なにさ。ジュースだったら奢らないよ」
「違うわよ。夏休みだなぁって」
「その夏休みをまだ2日しか消費していないっていうのに宿題をやらされるってのはなんだろうね」
「宿題はやりなさいよ、宿題は。学生なんだから」
「うわぁ、大人だよ。ここに大人がいるよ」
「なにそれ」
「期末試験、頑張ったんだからちょっと休んでもいいじゃないか」
「そりゃあ、そうよ。休みは休むためにある。でもタカナシくん、ぐだぐだとやっていたらその沼にはまっていつの間にか8月31日を迎えているわよ」
「決めつけだよ。なんだよ、僕には昼過ぎまで寝て、深夜番組を生で見るという生活を送るという権利を認めてはくれないのかい?」
「そんな不摂生な生活は許しません」
「お母さんかよ」
「お母さんじゃありません! そんな不摂生やるぐらいなら私と」

彼女が何かを口にしようとした瞬間、改札から二階堂さんが手を上げて出てくるのが見えた。僕は手を上げてそれに応えつつ、熊井さんに視線を遣った。彼女も改札から出てくる二階堂さんを見ていたけど、その横顔は彼女の黒髪で隠され、表情までは見えなかった。……

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