【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.40(全42回)

放課後の教室。私は夏目漱石の『こころ』を読みながら、時折夕焼けをちらちらと眺めていた。集中力の欠如、この上ない。

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今から数十分前、熊井さんからLINEが来た。短いメッセージだったけれど、「どういう意味?」と聞き返さなくてもわかった。『待つのはやめた。教室で待て』

きっと今頃タカナシくんは屋上で告白されていることだろう。もしかしたらいつまでも3人の関係というのは築けていけたのかもしれない。でも誰かが3人でいることを良しとしない、満足できなくなった時、あっけなく終りを迎える、ということを私は知っていた。きっとタカナシくんは自分からは何も選ばないってのもわかってた。それでいいのかって聞かれたならば、いいわけがないって思うけれど、それは私のワガママだし、タカナシくんが望まないのであれば私は、と思っていた。

余計なことをしてくれるなぁ、とは熊井さんに対して言いたくなるけれど、もしかしたら私は、この先のビジョンが見えている、タカナシくんが熊井さんに告白されてどう行動するか、何を選択するか自信があるからこんなに余裕で待っていられるのかもしれない。…なんて嫌なやつだろう、私って。

その時、教室の扉が開いて、境先生が顔を見せた。

「なんだ二階堂、まだいたのか」
「はい」
「読書家だな、二階堂は。でも、逆さだぞ、それ」

境先生に指摘されて、私は本が逆向きに持っていることを知った。余裕、なんてないじゃない。

「ま、いいけどな。もうすぐ下校時間だから、気をつけて帰れよ」と言って、境先生が教室を出て行くのを私は見送った。

本を閉じて鞄にしまうと、このまま帰ってしまおうかと考えたものの、足は動いてはくれなかった。あとどのぐらい待っていたら熊井さんが告白の結果を伝えに来るんだろう。そして私はそれを聞いて、そうだ、今度は私が選ばないといけないんだ。行動するのかしないのか。するとすればなにを? 分かっている、けど、出来るのかしら。行動。

夕日が名残惜しそうに沈んでいく。どうせ明日また顔を見せるというのに、じりじりと太陽が今日を惜しんでいるようだ。

再び教室の扉が開く。そこには予想外にもタカナシくんがいた。入ろうかどうしようか迷っているような表情を浮かべ、ゆっくりと彼は教室に入ってきた。

「二階堂さん」
「なに?」
「熊井さんがね、教室で二階堂さんが待ってるからって」
「うん」
「だから教室に戻りなさいって」
「熊井さんが言ったから来たの?」

違う。こんなことが言いたいわけじゃない。素直になれワタシ!

「違うよ。言われたから来たってわけじゃなくてね、あ、鞄もまだ教室に置いてきてたし、」
「それで?」
「それでって?」
「タカナシくんは鞄を取りに教室に来ました。まではわかりました。その教室に私がいるよと言った通りに私がいました。で?」
「うん」
「帰るよ」
「あ、チョット待って!」
「じゃあ、なに?」
「何って言われると、…なんだろう、なんかずっと責められているような気がしてる」
「別にそんなつもりはないけど」
「じゃあ、どういうつもりで言ってくるのさ」

まずい。これはタカナシくんのペースに巻き込まれ始めてる。そうしたらまた同じこと、熊井さんが頑張って、勇気振り絞ってしなくてもいい(と言ってしまうことに悪気はないんだけど)告白をして、動き始めたのに、また元通りになってしまう。それを私は、私は、私は、望んでいないんだ。

「ねえ、タカナシくん。君のやっていることはとっても卑怯なことだよ」
「え?」
「その表情。無垢で、何も知りません、って顔」
「そんな顔してないよ、僕」
「いいえ、してるよ。してるのよ。今からでもいいからトイレで鏡でも見てきたら」
「わかった」

そう言ってタカナシくんは踵を返したけど、ピタリと立ち止まって、こう言った。「って、教室を出ていったらきっとダメなんだろうね」

「ダメだってわかってるんだね」
「そう。わかってる。僕だって何も知らない、気づかないふりをするのは大変なことなんだよ」
「優柔不断だからね、貴方は」
「そう。僕はとっても優柔不断で、誰からも好かれたくて、このぬるま湯でずっと浸かっていたかったんだよ」
「悪い人よ」
「ねえ、二階堂さん。僕はもしかしたら、…いや、違うな。もしかしたら、なんて言葉をつけていうわけにもいかない。また君に怒られてしまう。だからもしかしたらじゃなくてね、うん、」

私は待った。心の中でタカナシくんのことを応援しながら待った。今、私にできることはそのぐらいだったから。

「二階堂さん、僕はどうやら君が好きらしい」

折角『もしかしたら』なんて言葉を撤回したのに、そこで『どうやら』ってなんだよとは思ったけれど、彼の、彼らしい告白とやらに私は笑ってしまった。さて、告白をされた私は、さて何と返そうか。……

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