【短編オリジナル小説】猫も大概ヒマじゃない vol.24(最終話)

電車に乗っていた時から気づいていた。雨が降っていることに。

前回はこちら

車窓をこれ見よがしに叩いた大粒の雨。確かに私はビニール傘を持っていたはずなのだ。いつかどこかのコンビニあるいはどこかのキオスクで買ったものを。しかし不思議なことに電車を降りて改札を潜り抜けた自分は傘を持っていなかった。またやってしまったと思った。

駅の軒下から空を見上げる。秋。どんよりとした灰色の空が重い。コンクリートを叩きつける雨音にどうしたものかと悩む。今日はカバンの中にパソコンは入っていない。暫く待ってみて止まないのであれば走って帰ってもいいかもしれない。幸いにもまだ寒いというほどではなかった。風邪をひくこともないだろう。

いつしか駅の出入口には傘を持っていない老若男女が固まり、携帯電話で迎えに来てよと言っているサラリーマンの大きな声が耳障りに響く。男なら黙って雨に濡れて帰ればいい。と他人には厳しい私である。

そんな人間の群れから少し離れ、あくびをして我関せずという表情をしつつ、空をちら見する黒猫がキオスクの傍に佇んでいる事に気づいた。お前も雨宿りか、それとも此処に住んでいるのかと問いたくなる。きっと猫は応える代わりにもう一つ大きなあくびをしてみせるだろう。人間もなめられたものだ。いや、なめられているのは私個人かもしれない。

「あの猫にとってこの雨は別に特別なことじゃないんですよきっと」

そう言って私の傍で降っている雨を眺めている女性は微笑みつつ、私に視線を移してきた。

「そんなものかねぇ」と私も微笑みながら彼女を見、再び雨を見つめた。
「なんだか年寄りくさいですよ、今の言い方。『そんなものかねぇ』って」
「そんな言い方してないから。年寄りくさいとかってそれは君の受け取り方次第じゃないか」
「雨が止むか賭けでもしましょうか」
「止まないでしょ、これは」
「それはわからないわ。ええ、この世は何が起きるか本当にわからない。あそこにいる猫だってもしかしたら人間の言葉を喋りだすかもしれない、2本足で立ち上がってキオスクで『傘を下さい』とか言い始めるかもしれない」
「ファンタジーだこと」
「茶化さないの。真剣に言ってるんだから」

雨はやみそうになかった。だからその賭けはどちらかが「やまない」と先に言った人の勝ちだった。そして私はきっと彼女に勝ちを譲るために、ただ黙って彼女の言葉を待つだろう。

「ねえ、あなた」と妻の美冬が言った。
「なにさ」と私は応えた。

美冬は折りたたみ傘を鞄から出しながら、再びぼんやりと遠くにいる猫を見つめてこう言った。
「猫でも飼いませんか?」と。

私は少し考えるフリをして、頷いた。
「君が望むのならば」

~おしまい~

【あとがき】
この作品をお読み頂きありがとうございました。
作者の吉岡克眞と申します。普段は劇団で脚本を書いたり、演出をしたりしております。

久方ぶりに小説を書く行為をしたので、どうやって書くものだったか、
懐かしさとともに、その書き方に戸惑い、躊躇いながらも書き続けました。

当初はここまで長いお話ではなく、さらっと10回程度の物語の断片を描き出すつもりでやっていたのですが、
気づいたらこんな長さに(とは言っても恐らく文字数的にはそれほど長くはないはずですが)。

書けない、物語が生まれないという日はありましたし、でも書かねばならないという状況もあり、
いつかまたこの世界の登場人物たちをもとにお話を作り上げられたらと思っております。

最後にはなりましたが、私のモットーは「楽しませることを楽しもう」です。
作品というのはやはり賛否両論ありますし、否があるからどうよくしようかと考える機会にもなります。

まだ見ぬ読者と出会うためにもこれからも必死にひたむきに誠実に謙虚に物語を作り、
お届けすることが出来ればと思っております。

何卒今後とも宜しくお願い致します。

吉岡克眞

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