私は出社すると上司の安西さんに手招きされて会議室に。はて、何かやらかしただろうか。
「転勤ですか!?」
「しーーー。まだ決まったわけじゃないんだから。ここ防音じゃないから」
「にしても突然過ぎるなと思いまして」
安西さんは言葉を選ぶように黙り込むと、椅子に座った。
「いや、突然ってわけでもな、ないんだよ。実はちょっと前から東北支社が人手不足で誰か寄越してくれって言われてたんだよ」
「でも何で私が?」
「離婚したろ」
「え、すみません、離婚すると転勤になるんですか? そんなルール知らないんですけど」
「ルールとかじゃないよ、まあ落ち着きなさいよ。離婚したってのを僕らも知ってるからさ、そっとしておくじゃない。そっとしておいたじゃない。危険物を取り扱うみたいにやってきたじゃない」
「その恩返しを今しろって話ですか? 馬鹿げてる」
「そうじゃない。どうして話をそう持っていくかな。恩返しなんで望んでないよ。ただね、離婚してほとぼりが冷めた頃だし、じゃあ、ま、いっかぁみたいなさ、流れ?」
「流れ?とか聞いてこないで下さい。流れ?とかで転勤させないでほしいんですけど」
「流れってのは冗談だけどさ、離婚というのはいいタイミングだと思うんだけどなぁ」
私たちの口論は終わりが無いような気配が漂っていた。本社からいらないと言われているような気がした私としてはこれに頷くと一生をそこで終えるのではという気にすらなってくる。
「歯向かったらクビですか?」
「まあ、クビじゃない結論はないかもなぁ」
「100%ってわけじゃないんですよね。他にも候補がいての話ですよね」
「まあ、98%は決まりみたいなところあるかな」
「なるほど。もう決まりみたいなものですね」
「あとの2%に希望はあるだろう」
「安西さんは私を行かせたいんですか?」
「うーん、残っていてもらいたいけれど、私も会社の決定には逆らえない。それに適任となる人間は君以外いないとも思っているんだ」
そう言われると何も言えないじゃないか、と思いながら、確かにこの土地に思い残すこともないのかもしれない。
「ま、考えてみてくれ」
会議室を出て行く安西さんの後ろ姿を見送りながら、こうやって人は望んでもいない分岐に立たされていくのだなと思った。