「話しましょうか」と言われて暫く経ち、ただただ沈黙が続くので私は「コーヒーでも入れようか」と言ったが、彼女は短くこう答えた。「私、これでも死んでるからさ」と。
墓穴を掘るというのはこういうことを言うんだろうか、などと現実逃避をしつつ考えてみた。
「コーヒーが飲みたいなら自分の分だけでも入れてきたら。私もあんまり時間ないから話は手短にしようと思うし」
「時間がない?」
「そう、時間はない」
私は明奈が口にしている『時間』というのが何を意味しているのかわからなかった。人は死んでも時間というものに拘束されるのだろうか。
「で、どうするの?」
「え、あ、まあ」
「おどおどしないの。どうせ決まってるんでしょ、気持ちは」
「そう、だね」
「決まってからひっくり返すとかはなしだよ。それってすっごく相手を傷つけるというかバカにしているから。経験者は語るだよ」
「ごめん」
「もういいから。ごめんって言わないように選択を見誤らないで。妹には私みたいになってほしくない」
「君にはこの流れが見えていた?」
「さあ、どうかしら」
「だからここにいたんじゃないの?」
「だから分からないわよ、そんなこと今になっては。私はいいお姉ちゃんでありたいから、いいお姉ちゃんとして終わりたいから、なのに、なのにさ、なんなの、この胸の中でもやもやとしてるの。いっつもそう、貴方が私をそういう所に押し込むのよ」
「明奈」
「私なんで死んでるんだろう。代わりにあの子が死んでくれたら良かったのにとか思いたくもないのに思ってしまう自分がいるの、それを止められないのよ。貴方に私の苦しみが少しでも理解出来る?」
「わかるよ」なんて軽々と返すことが私にはできなかった。もう殴ってくれたほうがどれだけ楽だったろう。楽になりたい、と思っている自分を私はすぐに恥じた。
テーブルの上で、携帯が鳴っている。画面には美冬ちゃんの名前が表示されていた。忘れ物でもしたのだろうか。
「出ればいいじゃない」
「うん」
「出てあげてよ」
「うん」
「出なさいよ、早く!」
私は促されるように、慌てて携帯電話を掴んだ。
「妹のこと頼んだからね」
「わかってるよ!」
「もしもし、あの、私」
「美冬ちゃん、どうしたの?」
「もしかしたら体調悪いのかと思って」
「え、なんで?」
「すっごく顔色悪かったから。まるで、」
「まるで?」
「幽霊でも見たってぐらいに青ざめてた」
私は女の勘というやつはと思いながら振り返った。しかしそこにはもう明奈の姿はなかった。ただカーテンがゆらゆらと風に揺れているだけだった。