【短編オリジナル小説】きょうの二階堂さん、きのうのタカナシくん vol.37(全42回)

9月になり、授業も始まり、席替えがあり、僕らに日常が戻ってきた。

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席替え。それは生徒にとっては一大イベントに変わりない。それを楽しみにしている生徒はどれだけいることだろうか。だが、席替えによって寿命を縮めるものもいるわけで。

「熊井さんさ、目、悪かったっけ?」
「悪いわ。だからこうして眼鏡もかけてる」
「でも夏休み前はかけてなかったじゃん」
「フェイントよ」
「ふぇいんと?」
「コンタクトレンズだったの」
「ああ。でも何で」
「何で? え、今、何でって言った?」
「うん」
「忘れてる?」
「何を?」
「夏休み、図書館であなたが言ったんじゃない」

僕は勉強以外の会話をほとんど思い出せなかった。しかしバカ正直にそれを言ったら、きっと彼女は怒り出すだろうなぁと思いながら窓の方を見遣った。林田、松尾、杉本、二階堂さん。だいぶ彼女との距離は遠くなってしまった。それは寂しいことだけれども、間にいるやつらがジャマだなぁとは思うものの、致し方ない。席替えの神様がいたとすればそれがお望みの結果なのだから。

「ねえ、聞いてます?」
「あ、ごめん」
「また二階堂さんの方見ちゃってさ」
「違うよ。窓の方を見ただけだよ。まるで彼女みたいなこと言って怒らないでよ」
「誰が彼女よ、誰が」
「で、僕は君に何を言ったのさ?」

熊井さんはごにょごにょと何かを口にしたが小声すぎて聞き取れなかった。僕が「え?」とか聞き返していると更に小声になっていき、椅子の上で小さくなっていき、授業の始まりを知らせるチャイムが鳴り響く中、熊井さんは僕を睨んで大声で言った。

「あなたが眼鏡とか似合うって言ったんじゃない!」

あっけにとられたのは僕ばかりじゃなかった。熊井さんの声は教室、いや、廊下、隣の教室まで聞こえたんじゃないだろうか。一瞬の静けさのあと、ひそひそと話し合う声が教室に広がっていった。まるで水面に石を投げ込んだ時のように。

「声大きすぎるから」と僕に言われて初めて恥ずかしさが込み上げてきたのか、机に顔を突っ伏す熊井さんだった。その後頭部を見つめつつ、僕は恐る恐る窓際の二階堂さんに視線を移した。とてつもない笑顔を僕に向けてきた。いかん、あれは何故だか知らないけれども怒っている証拠。違うんだよ、二階堂さん。僕も覚えてないことなんだ、その言葉を熊井さんに言ったってことは。…だめだ、それを言った瞬間にブチ切られる。

その時、ふと二階堂さんに言われた言葉を思い出していた。「誰にでも優しいってのは罪だよ」

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