朱乃を指名してきた映画監督、西條啓二とは一度だけ現場で話をしたことがある。腰の低いいつもにやにやと笑っているような優男だ。俺は嫌いじゃない。
「いいんじゃないですか」
「無責任な」
「社長が言い出したことじゃないですか。俺は別に反対はしませんよ」
薫子さんの眉間はいつもより深い皺を刻むのを見た。
「でも何で朱乃なんですか?」
「いつぞやのパーティーで見かけて、今度撮影する映画のキャラとマッチングしたんだって。演技も見ていないのによく決めるわね」
いつぞやのパーティーというのがどれに当たるのか思い返してみたが、朱乃が参加、というか泥酔した社長を引き取りに来たパーティーというのが以前あった。まあ身内ばかりの打ち上げの席でもあり、別にいいかと思って社長を止めなかった俺も俺だが、周りの大人も少しは酒癖の悪いうちの社長に飲ませないということを覚えてもらいたいものだ。
「あいつが出演して、二度とうちとは契約しないとか言われないのであれば別に」
「放任主義?」
「彼女がここで働いているのだって働きたくて働いているわけじゃないので。あくまで彼女はデビューしたいわけですからね」
「私知らなかったんだけど。あなたが彼女のことも営業してるってこと。この前、プロデューサーから言われちゃった。経歴真っ白な子でも何か惹きつけるものがあればねぇって」
「そうですか。でも、あいつ頑張ってますよ。事務所の仕事終わってからレッスン入れてるみたいですし」
「知ってる」
「まあ、そんなの頑張ってるってうちにも入りませんけどね。才能無ければその分もっと必死に努力しないと」
「本人に言えば」
「嫌ですよ、めんどくさい」
「男って生き物はこれだから」
「それはそれとして、いい話じゃないですか。進めてやったらどうですか?」
どんなに頑張っている人間でも、どんなに才能に満ち溢れている人間でも、縁に恵まれなければ悉く潰れていくってのは知っていること。何がトリガーになるのか自分もわからないし、少なくとも求めている人間がいるのであればその縁は活かしていくのがいい。中にはとんでもないご縁もあるが。いい意味でも悪い意味でも。それを見極めるのは事務所の仕事である。
果たして今回のご縁はどっちか。